【第9便 2024.09】
日本精神神経学会はこの間、さまざまな治療ガイドラインの作成を進めてきています。そのひとつとして、統合失調症治療ガイドラインの策定の準備が始まっています。そのためのワーキンググループに、日本統合失調症学会からは3名の理事が参加しています。
この取り組みは、日本神経精神薬理学会と日本臨床精神神経薬理学会が作成した「統合失調症薬物治療ガイドライン」がもととなっているようで、それを心理社会的治療まで含んだものへと発展させることが目指されています。そのためワーキンググループには、日本統合失調症学会を始めとして心理社会的治療に関わる学会が参加しています。
そうした多くの学会の意見を集約するためには、十分な意見交換が必要となります。また、医療者が中心となって議論をまとめやすい薬物治療とは状況が異なり、心理社会的治療については当事者や家族や支援者の声を十分に取り入れる必要があり、それに相応しい共同創造としての進め方が求められます。さらに、薬物治療と心理社会的治療とではエビデンスのあり方に異なる面がありますので、EBMについて改めて考える必要が出てきます。
そうした難しさがありますので、日本精神神経学会の取り組みには、試行錯誤の側面が避けられないと思います。日本統合失調症学会には第8便で紹介したような共同創造の経験がありますので、それにもとづく意見を述べるように努めてきています。提案にもとづいて議論の進め方についての見直しも行われていますので、本格的な共同創造の取り組みとなるよう、また学会の組織変革が図れるよう、これからも日本統合失調症学会の経験を発信していきたいと考えています。
まだ現在進行形の話ですので、少し方向性が見えてきたところで、改めてご報告させていただく予定です。
【第8便 2024.09】
「理事長のつぶやき」は、前回の第7便から3年が経ってしまいました。コロナ禍や震災や世界の戦禍という世の中の出来事に振り回されたことがひとつの理由ですが、不甲斐ない理事長をどうぞお許しください。その無言の期間、「理事長のつぶやき」のかわりに、いろいろな方のお力に頼って、ホームページの「お役立ち情報」を通じた情報発信を試みてきました。
2022年と2023年の大会での新しい取り組みについては、「第16回 日本統合失調症学会-学会の共同創造に向けた小実験」と「誰にも開かれ、対話できる学会を目指して-日本統合失調症学会・第17回大会報告」として報告しました。
そうした大会を通じた学会変革の方向性をまとめたのが、「『疾患学会』のあり方のパラダイムシフト—日本統合失調症学会が挑戦する社会実験」と「統合失調症の治療ガイドと学会の未来―共同創造を通じた研究と治療の橋渡し」です。共同創造を形にできないかと試みたのが、「統合失調症 あなたはどう答えますか?」と「私と統合失調症-統合失調症のいま」です。
昨夏には、日本精神神経学会のパラダイムシフト班に招かれて、日本統合失調症学会の学会変革の取り組みを紹介する機会がありました。学会が取り組んでいる「社会実験」が、日本精神神経学会を始めとする他の学会に広がっていくことを期待しています。
ぜひ、このホームページの「お役だち情報」をご覧ください。
【第7便 2021.08】
「統合失調症 あなたはどう答えますか?」という特集を、一般医学雑誌で担当しました。事務局長の笠井先生が中心となった取組みを、副理事長の村井先生とお手伝いしたものです。
この特集では、二つの「常識破り」に挑戦しました。
ひとつは、原稿の内容についての挑戦です。初期研修医が主人公となり、病棟や外来や当直で精神疾患を持つ患者さんやそのご家族に対応する場面を想定する、という章立てとしました。「すでに明らかになった知見を専門家が医師や研究者に向けて解説する」という医学雑誌の特集のこれまでの在り方を敢えて踏み外し、統合失調症の臨床や研究について「重要だが解明されていないこと」を明示し、「それが解明されていない理由」を解説し、「分かっていないことを率直に認めて、今すぐできることを提案する」という異例の内容を目指しました。
もうひとつは、原稿の書き進め方についての挑戦です。専門家が研究室で独り執筆するのではなく、企画の段階から当事者や家族や市民の立場の方々と一堂に会し、専門家にとっての「暗黙の前提」を覆す問いを投げかけていただくことから出発しました。その議論を承けて、当事者・家族・市民の立場の方と専門家が共同執筆する進め方は、patient-public involvement (PPI)やco-productionのひとつの具体化です。専門家にとっては、自分たちの暗黙の前提に気づくきっかけともなりました。
「常識破り」の提案に対して、出版社の(株)ライフ・サイエンスが特集全文のPDFファイルの学会ホームページでの公開を許してくださるという「暴挙」で応えてくださったことは、編者にとっても予想外のことでした。そう言っても出版社と著者が著作権を放棄したわけではありませんので、PDFファイルについてはそのご厚意を無にしないように法律を遵守した取り扱いをお願いいたします。
常識破りや暴挙とされることが挑戦ではなく「当たり前」になっていく、この特集がそうした未来の先駆けとなることを期待したいと思います。
【第6便 2020.10】
「人が生きることを支える」、精神医学の意義と魅力を医学生や研修医に一言で伝えようとするとき、最近はこう表現しています。専門職として携わっているのは、生活や人生に辛さや困難を抱くことになった方の「生きる」をお手伝いし、「自分」を取り戻していただくことです。
統合失調症について、そうした「主体的人生」に向けた取り組みを発展させようとする試みが、『統合失調症リカバリー支援ガイド-当事者・家族・専門職それぞれの主体的人生のための共同創造』です。日本医療研究開発機構AMEDの開発研究「主体的人生のための統合失調症リカバリー支援-当事者との共同創造co-productionによる実践ガイドライン策定」の成果で、その第1.1版を群馬大学の神経精神医学教室のホームページで公開しました(https://psychiatry.dept.med.gunma-u.ac.jp/topics/2020/04/27/586/)。皆さんからご意見をいただいてより良いものにしたいと考えています。
「自分らしく生きる」は、誰にとっても大切なテーマです。そうした普遍的な側面と、統合失調症に特徴的な側面を総合し、「統合失調症リカバリー支援」が実現できることを願っています。
【第5便 2020.10】
学会は、研究の発展により解明された「わかったこと」、実践の進歩により実現した「できたこと」を発表し共有する場です。それとともに、学問と臨床の未来のためには、「わかっていないこと」「できていないこと」を明瞭にしておくことも大切です。統合失調症についてのそうした問題意識を「はじめに」で明らかしているのが、『統合失調症』(中山書店,講座「精神疾患の臨床」第2巻,2020年)です。
精神科専門医や専門医を目指す若い医師が、統合失調症をもつ人や家族の理解や支援について現在の到達点を知り、明日からの診療や研究を一歩ずつより良いものにすることに取り組むための書籍となっています。日本統合失調症学会・監修の『統合失調症』(医学書院 2013年)で挑戦した、専門職とともに当事者や家族やケアラーの立場の方々にもご執筆いただくスタイルが、より発展されています。
「わかっていないこと」「できていないこと」を共有し、日々の診療や研究を地道に積み重ねて、その成果が「わかったこと」「できたこと」として当たり前になる時代を目指していきましょう。
【第4便 2020.10】
新型コロナウイルス感染症の影響を受け、多くの学会や研究会が中止や延期やオンライン開催となりました。そうした経験は、学会のあり方について改めて考える機会となっています。「学会は誰のために? 学会は何のために?」。これまでのアカデミックな学会のあり方をどう発展させることを求められているのかを、日本統合失調症学会として考えていきたいと思っています。
当事者・家族・ケアラーなど、研究者とは異なる立場の方々にも少しずつ入会していただけるよう、ウィズコロナ時代を迎える前の昨年度に、日本統合失調症学会は次のような試みを始めました。①さまざまな立場の方が入会しやすいよう、入会規定を見直しました。②そうした方々の年会費について、負担軽減を図りました。③これまで医学研究者からの応募が想定されていた学術賞や国際学会発表奨励賞の応募規定を、さまざまな立場の方が応募しやすいよう見直しました。
こうした取り組みをさらに発展させて、共同創造を実現できる学会へのリカバリーを目指していきたいと考えています。
【第3便 2020.4】
この学会で副理事長を務める村井俊哉先生が、一般向けの書籍として岩波新書『統合失調症』を刊行されました。統合失調症の幅広い側面について、オーソドックスな内容がバランス良く正確に記述されており、信頼できるわかりやすい本として、一般の方に安心して推薦できると感じています。そうした本を心がけて、当事者などさまざまな方々からご意見をいただきながら、慎重に書き進められたとお聞きしています。
この本から学ばなければと感じたのは、明らかになっていない内容について、「わからない」と率直に書かれてあることです。専門職はどうしても進歩を強調したくなりますが、一般の方にとってはそれが全体の理解の妨げとなり、誤解や混乱を招いてしまうことをしばしば経験します。「明らかになっていない」と書くためには、知識や経験だけでなく決意と覚悟が必要です。そうした姿勢を見習わなければと思いを新たにしました。そのことは、センセーショナルなものとして注目を集めることを、敢えて避けることでもあります。
そうした執筆にあたっての思いを、村井先生は「統合失調症をあらためて考える」と題して、『こころの科学』210号で語ってくださっていますので、あわせてご紹介させていただきます。この号は「統合失調症の暮らしに寄り添う」という特集で、原稿の執筆を当事者・家族と専門職がちょうど半々で担当しています。
【第2便 2020.4】
ご案内させていただきましたように、3月に予定されていた第15回の富山大会は、新型コロナウイルス感染症のために1年延期となりました。直前まで準備を進めてくださっていた鈴木大会長を始めとする関係の皆さまのご苦労とご尽力に、深くお詫びと感謝を申しあげます。
この新型コロナウイルス感染症により、統合失調症を始めとする精神疾患をおもちの方々は、どのような苦労と困難を経験されているでしょうか? 普段と変わってしまった社会状況のなかで、不安を感じたり、受診や服薬に支障が出たり、地域の支援やサービスが縮小されたり、マスクやアルコールだけでなく日用品の購入が難しくなったり、就労の機会が減ったりなど、さまざまな影響が出ていることを懸念しています。学会としてできることは限られているかもしれませんが、そうしたことに目を向ける学会でありたいと思います。
3~4月の開催を恒例としている日本統合失調症学会は、これまでも自然災害の影響を受けたことがあります。2007年の第2回・富山大会では、3月25日の能登半島地震のために会場のスプリンクラーが作動したり、帰路の交通手段が確保できなくなった参加者が出ました。2011年の第6回・福島大会が予定されていたちょうど2週間前の3月11日には、東日本大震災とそれに引き続く福島第一原子力発電所事故が発生し、予定していた会場は避難所となりました。発生が2週間ずれていたら、統合失調症に関係する多くの専門職が被災当事者をみずから体験することになっていたはずでした。
学会が監修した医学書院『統合失調症』の「序」に、地震と学会にふれた記載がありますので、それをご紹介して今回の大会延期についてご理解をお願いしたいと思います。
「7月に延期して札幌で開催された学会は、福島で予定されていたプログラムがほとんど変更されることなく行われました。どなたも口にはされませんでしたが、それぞれの方が最優先でスケジュールをやりくりされたのだろうと思います。現地での支援だけでなく、そうした形でのささやかな支援の輪が統合失調症の関係者のなかに広がったことを、記しておきたいと思います。」
【第1便 2020.4】
新型コロナウイルス感染症の影響で異例のWEB開催となった3月19日の総会で、日本統合失調症学会のホームページに「理事長のつぶやき」コーナーを設けることを認めていただきました。その第1便をお届けいたします。
このコーナーは、「学会からの発信を、年1回の学術集会だけでなく、普段から続けていきたい」との思いにもとづくものです。学会の声明という公式のものとは別に、理事長の個人的なつぶやきという形で、会員の皆さんや当事者・家族の方々や広く国民の皆さんと、少しずつ交流を深めていければと希望しています。よろしくお願い申しあげます。